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検査室から患者さんまで ─ ロシュがデジタルで切り拓く、未来のヘルスケアシステム

いま、様々なデジタル技術が医療業界における変革のスピードを加速させています。その中でロシュは、約130年の歴史で培ってきたヘルスケアの技術に、デジタルソリューションを掛け合わせることで、医療の可能性をさらに切り拓こうとしています。そのデジタル戦略の全貌と、次の10年を見据えたビジョンについて、ビジネス・イノベーション本部長の小松さんにお話を伺いました。

ロシュがデジタル分野に注力する背景


――近年、医療・検査分野ではどのような変化が起きているのでしょうか。そして、ロシュはなぜデジタルに注力することにしたのでしょうか。

医療現場を取り巻く状況は常に変化しています。高齢化に伴いがんや慢性疾患、認知症の増加で、臨床検査の需要は高まり、検査室の負担も増加傾向にあります。並行して医療費も増え続け、医療費抑制に対応するために、医療機関はより良い医療を提供しながら、さらなる業務効率化に取り組む必要があります。そのために必要となるのが、医療DXです。これだけでも、私たちがデジタルに注力する意味はあるわけですが、2020年、ロシュは今後10年の重点目標の一つに「Data & Digital」を掲げました。これまでビジネスの主軸としていた医薬品、診断薬・機器事業に続く、第3の柱に位置付けたのです。

もともと、医薬と診断の二つの事業を持っていることで、治療だけでなく、病気の発見から治療後のモニタリングまでペイシェントジャーニーに沿ったケアができる、と言うのがロシュの強みでありユニークなところでした。ここにデジタルの力を加えることで、ペイシェントジャーニーをより早期かつ包括的に最適化できる。これこそが、私たちがデジタル領域へ注力する背景です。

ロシュがデジタルで目指すもの


――医薬、診断に次ぐデジタルのビジネスとは、どういうものでしょうか 

デジタルブランドのビジョンは、「より良い患者ケアのために、デジタルテクノロジーでしなやかに進化するヘルスケアシステムを実現する」です。目指しているのは、臨床検査室のリアルタイムな可視化とデータ活用により臨床検査の質を向上すること、またデジタルツールやAIアルゴリズムの活用で診断を支援し医療の質を改善すること、さらには将来的に患者さんに関するデータを総合的に活用し受診前から治療後まで歩むペイシェントジャーニー全体を最適化することです。

デジタルで検査室を効率化、臨床検査技師の新しい働き方を後押し


――では、臨床検査室の可視化とデータ活用から、もう少し詳しく教えてください。

臨床検査室で行われる検体検査には、採血、前処理、測定、結果の解析、そして報告のステップがありますが、実は採血以外のほとんどのステップは分析機器で自動化されています。結果を数値化して電子的に記録するという観点では、すでにデジタル化はされています。ロシュではさらに、検査の精度管理や処理スピードに関するデータを可視化してダッシュボード上にリアルタイムに表示するシステム、さらにそれらを集中管理するシステムを提供しています。これらにより、複数の分析装置の稼働状況を遠隔かつ一カ所に集約して把握できます。たとえば検査の遅延が発生した場合でも、離れた場所からタイムリーに確認できるので、いつ、どこにスタッフがいるべきかなど、リアルタイムで業務の効率化が測れます。

また過去の運用ログを自動で解析するシステムもあります。ボトルネックを可視化し、検査室全体のワークフローを見直すことで、継続的に生産性を高めていくことができます。

検査の世界では、統合検査ソリューション、という言葉がよく使われてきました。この「統合」は、全自動の分析機器を物理的につなげ、検査工程を統合することを意味していましたが、今では、検査に関わるデータをデジタルで統合し、より効率的で生産性あるソリューションを提供する、という意味になりつつあります。

――こうしたデジタル化によって、現場の働き方はどのように変わるのでしょうか。


業務が効率化され生産性が向上すれば、検査技師さんの時間が創出されます。これにより多職種連携やタスク・シフト/シェアが推進される、とはよく言われていることですが、それだけでなく、私たちは、検査技師さんの新たな可能性につながると思っています。

これまで以上に検査データを使いこなし、分析したり臨床をサポートしたりする側に回ることができるかもしれません。検査室内のオペレーションから飛び出して「デジタル時代のデータサイエンティスト」へと役割を大きく広げられたら、素晴らしいですよね。

デジタルで臨床の意思決定を支援、医師の業務効率も改善


――デジタルツール等で医師の診断を支援する、ということですが、なぜそれが必要なのでしょうか

医師の診断のうち70%の臨床的判断は臨床検査の結果によって左右されると言われています1)。一方、検査結果をはじめとする医療に関わるデータは年々36%のペースで増加しているという調査結果もあります2)。治療方針を決定する医師の数は限られており、溢れるデータをいかに適切に、かつ効率よく扱い、診療に活かすのかが大事になってくるわけです。

――それをデジタルツールやAIで解決しようということですね

たとえば、がんの治療においては、近年、遺伝子情報に基づくがんゲノム医療が推進されています。そのプロセスでは複数の専門家で構成されるエキスパートパネルという会議で患者さんの治療について検討を行いますが、患者情報や医学文献の情報収集などに、多くの時間を要することが課題となっています。私たちは、この業務を効率化し、スムーズな検討をサポートするクラウド型ソフトウエアを扱っています。患者さんのデータを集約して一元管理し、院内や連携病院間で共有できます。加えて、データ入力作業を軽減するRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)機能や、プレゼン資料や主治医向け返却レポートの自動作成機能などもあるので、エキスパートパネルの準備から実施、振り返りまでを効率的にサポートし、医師をはじめとする医療従事者の業務負担軽減に貢献しています。

他には、日本ではまだ導入していませんが、欧米では、さまざまな疾患や病態に関する医療アルゴリズムを、統一されたプラットフォーム上で利用できる製品があります。年齢・性別・血算値(血液中の赤血球、白血球、血小板の数や状態)を入力すると、大腸がんを発症する確率を提示し、内視鏡検査の優先順位付けを助けたり、急性心筋梗塞などの急性冠症候群の疑いがある患者さんに緊急カテーテル治療が必要かどうかを数分で判定するのを助けたりします。

より良い患者ケアを目指して、患者さん主体のデジタルイノベーション


――最後に、患者さんに直接関係するソリューションについて教えてください

まだ検証段階のものが多いですが、患者さんが装着するウェアラブルデバイスやホームケアデバイスから体重・脈拍・血圧などのバイタルデータを取得し、リアルタイムで解析して治療に活かし、患者アウトカムを改善するための製品もあります。

例えば、心不全という病気は、入院して治療をしても、退院後に増悪して再入院率が高いことが課題になっています。これを防ぐためには、医師の指示に従った服薬の継続や生活習慣の見直しが大切です。退院後に、遠隔で患者さんの状態を把握できて、医師が投薬調整や追加検査の指示を出せるソリューションがあれば、再入院の回避や予後改善にも貢献できると思います。

――こうした取り組みで、最終的に患者さんにはどのような価値がもたらされますか。

「悪化してから病院へ行く」のではなく「悪化しそうな兆候を先に知って対策を取る」ことにより注意を払えるかもしれません。再発・再入院が減り、通院や検査に伴う時間的・経済的負担も軽減されるでしょう。また、医療機関側にとっても、急性期医療に集中できる体制づくりや慢性疾患マネジメントの効率化が期待できると思います。規制などもあって、まだ夢物語の部分もありますが、技術的には不可能ではありません。海外では心不全患者さん向けの在宅モニタリングを中心に実証が進んでいます。検査室から臨床、そして患者さんの日常生活までシームレスにつながる個別化医療の実現が可能になるとみています。

外部パートナーとの協業で広げる価値


――医療DXの取り組みには、社外連携は欠かせないと思います。実際の協業はどのように進んでいるのでしょうか。

アルゴリズムを活用した製品には、世界各国のスタートアップや大学などさまざまなプレーヤーが参加しています。ロシュの企業文化には、外部の革新的技術を柔軟に受け入れ、社内のシステムと組み合わせて価値を高めていく姿勢が根付いており、この柔軟さがプラットフォームの拡張性を支えています。

日本では、産学連携の取り組みを行っています。愛媛大学と進めている愛媛リアルワールドデータ(RWD)構想」では、愛媛県内の医療機関、自治体、健診機関等から収集される多様な医療情報を統合したデータプラットフォームを構築し、利活用を推進することで、愛媛県内の健康増進に寄与することを目的としています。セミナーやシンポジウムを通じて、県内の医療機関等に参画を呼びかけてきたところ、2025年7月時点でご賛同いただいた医療機関は19施設になりました3)。ヘルスケアデータ利活用への期待の表れだと感じています。多様なパートナーと築くオープンなプラットフォームこそ、ロシュのデジタル戦略を一層加速させる原動力になると考えています。

次の10年へ向けて


――今後10年のビジョンはどのようなものでしょうか。

医療情報のデジタル化は進んでいるものの、多くのデータは別々の場所に管理され、分散化されている状態です。患者さんがアクセスできるデータも限定的です。
私たちが次の10年で目指すのは、こうした分散データを安全に統合し、患者さんと医療者がより適切に活用できるエコシステムを築くことです。もちろん、一足飛びにその世界へ到達するわけではないですが、患者さんがご自身のデータを“持ち歩き”、異変を早期に察知して受診や生活改善につなげることができたら、不要な検査・入院を減らし、本人にも社会にもメリットをもたらすと信じています。
私たちは、国内のさまざまな機関と密に連携し、機能やユーザーインターフェースを日本の現場で使いやすい形にブラッシュアップしています。こうした国内ニーズに合わせた最適化を丁寧に重ねることで、ペイシェントジャーニー全体への真の貢献を目指しています。